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『香川湧慈の今週のインスピレーションメッセージ』令和4年4月15日
想いが世界を変える-エモーション社長のブログ

『香川湧慈の今週のインスピレーションメッセージ』令和4年4月15日

皆さんは、今まで見聞きした『キャッチコピー』の中で、今でも心に響く『一番』好きなものはありますか?

ワシの中では、一番があるんです。

瞬時に夢や希望が湧き上がって来たキャッチコピーは、これ以外に未だに出会っていないかなぁ。

これを超える言葉は無い!と言えるくらい、心を捉えたキャッチコピーでした。

40年~45年前のトヨタのテレビコマーシャルだったように記憶しておるキャッチコピーがあるんです。

『いつかはクラウン』

このキャッチコピーを考えた人は誰か知りませんが、当時の世の車好きのお父さん達に、

すこぶる勇氣を与えたやろうなぁ、と今でも思います。昭和50年代前半ですからねぇ。

よぉ~し!俺も頑張ってクラウン乗れるような人間に成るぞぉ!って、沸々とエネルギーが湧いて来たはず。

胸に響くのは、当時の時代背景も当然影響はしてますね。

でも、この『いつかはクラウン』は、今でも古びてないし『いつかは○○』に置き換えると、

時代を超えて通用するキャッチコピーだと感じておる訳です。

キャッチコピーというのは、購買意欲を掻き立てるものが多いですが、

沸々と夢や希望が湧き上がって来るようなもの、って凄い⤴⤴なぁと思う訳です。

中学生か高校生だった自分も、夢が湧く言葉だった記憶が甦りますます。

『いつかは○○』と、皆さんも置き換えてみて、想像してキャッチコピーを考えてみてはどうでしょうか?

商売人は自社の商品、サービスを、相手が自然に、心踊るようなキャッチコピーを作ってみてはどうでしょうか?

その、心踊るような『キャッチコピー』が出来たら、それに相応しい自分や会社にして行けばいいんです。

人は、生まれや立場を越えて、それぞれが己れに相応しい『道』を見つけ、その道で神や仏に還ることができるなら、

素晴らしい世の中が出来るだろうと思う訳です。

学歴も、経済的貧困や裕福に関係なく、自分で自分の『道』を見つけ出すことが出来れば、それに向かって歩めばいいんです。

それを人生の充実と言うんです。神道や仏教を学んでいると、人間は本来が仏であるとしか思えないから、です。

なのに、生まれて年月を経て行くと様々な垢(アカ)が知らず知らずに付着して来るのが人間です。本来は、純粋無垢な、心温かき仏なのに。

垢だらけの人間にならないように、精神性を高めてゆく学びをしながら、今の目の前の仕事

(仕事とは経済活動だけを言うのではありません。自分のやるべき役割を仕事と言いますから)

を、一所懸命に取り組むこと。そうしていると実は垢が落ちてゆくんです。

落ちてないと感じるなら、一所懸命にやってないんですよ。

そして、今まで仲が良かった間柄だったのに何かがキッカケで、

嫌になった人も居るでしょうが相手に『悪気がないミス』だったとしたら、あなたが本来の仏の心に戻る訓練をするんです。

それが、垢が落ちて行くことになります。

決して意固地にならないようにする行動を望みます。意固地のままだと、垢が余分に付着して来ますから。

キッカケは相手であっても、捉え方は自分なんやから、意固地を解消する行動が、お互いをより善くして行きますから。ホンマです。

水の入ったコップに、墨が数滴落ちてしまったら(悪気ないミス)、黒く色が変わりますが、

その黒墨(くろず)んだコップの水を25mプールに入れたら(行動)、黒墨んだ色は分からなくなります。

消えたように見えますが決して消えた訳じゃない。けど、現れて来ない。

神道に『有っても現らしめない限り、無いに等しい』と言う考えがありますから。

つまり、人間には清らかな心も存在するけど汚ない心も同時に存在するもの。どちらか一方という人は居ません。

自分の心を、出来れば『清らかな心』の割合が、かなりを占めるような思考習慣を訓練しましょうや。

清らかな水のシャワーを毎日自主的に浴びる行動が、自分に付着している黒墨んだ垢を、洗い流してくれます。

あなたにとって、清らかな水のシャワーは、何でしょうか?それが自分に相応しい『道』だと感じます。

あなたの中の清らかなものを行動として現したら、ええのです。

もし、ブレーキを掛けていたら、現らしめない限り無いに等しいですから、現れて来ませんよ。

善い思いも行動(現らしめる)しない限り、無いに等しいになりますよ。

『やろうと思ってる』だけでは、現れて来ない。行動しないと。

あなたにとって、清らかな水のシャワーは、読書でも善いし、自分の出来る事を他人にしてあげることでも善いし、

お金を贈れなくても、言葉の贈り物なら出来るんじゃないですか。

精神性が高まる人との交流でも善いし、人との付き合いは、ワシは昔からこう思って来ました。

性格は死ぬまで、ある意味変わらないから、付き合う相手に性格を求めても仕方ないんです。変わらんのやから(笑)

付き合う相手に求める資質は、この二つで善いんじゃないでしょうか。

付き合っていて、精神性が高まっていること。心が澄んで行っていること。

これだけで善いんじゃないかとワシは思って来ましたから。

それには、自分から、わだかまりを捨てて、本心から関わってみるしか、相手の心の中の仏は、感じることが出来ませんから、

わだかまり(つまり垢)を捨てる訓練を希望します。そしたら、腹も立つのが、少しは軽減されませんか?

それが、相手を明らかに認める。ことに、なってゆくんです。人間の心には、清らかな心も、汚ない心も同居しています。

魑魅魍魎(ちみもうりょう)は、あなたの汚ない心、卑しい心の割合が多く占めれば占めるほど、寄って来ますから。ホンマです。

(魑魅魍魎の意味は検索して調べて下さい)

いっつも、お金の損得感情ばっかりの心だと魑魅魍魎の好物ですから、益々、心に『魔』が増えて行きますよ。

そして必ず、人間関係で、苦労し放しになりますから。魑魅魍魎の大好物が、卑しい心、利害の損得感情過多の心です。

たぶん世の中の99%の人達の心は、利害の損得感情過多で、卑しい心、自分勝手な心が、行動の基準じゃないかと思う訳です。

だから魔が、心の大部分を占めてしまい、寂しい人生になって行くんです。お金がいくら困らないくらいあっても。

それが世の中の多くかも、知れんですね。でも1%の人達は、心清らかな割合が多数を占めるから、

魑魅魍魎は寄って来なく、心スッキリ穏やかに人生を歩めているんだと感じます。

自分の心の中の『魔』が、在るんだけど、現れて来ないんです。

日本の人口1億2千7百万人らしいですが、

その1%で、127万人も『心清らかな』心の割合が多く占めている人達が居るんですよ。

死ぬまで生きる訳ですが、100歳まで生きても127万人もの心清らかな割合が多数占めている人達と、出会えないからねぇ。

個人的に一緒にメシ食べたいとワシは思っていますが、127万人も個別にメシを共に出来ませんよ。100歳まで生きても。

だから、人生、捨てたもんじゃないですよ皆さん!まだまだ本物、人間本来の仏のような人物が居ますよぉ~。

そういう人達と出会うには、あなたが、自分の心の中の『清らかな割合』を増やし、維持し続けることで、

自分勝手な人に騙されなくなりますから。魑魅魍魎は寄って来ないから、あなたの心の中の魔は出なくなるんだから。