最近ちょくちょくテレビやポスターで見かけるものに、生まれつき知的障害を持つ人や、
自閉症の子供の描く作品展を紹介しているニュースがある。
当に『魂が純粋』な人間の為せる技(術)やなぁと感じる。
そういう純粋な人達を『大人の利益活動』にしてなければいいんだけどと、
感じてしまう匂いがする時がある。
そういう事が続いて行くと、純粋な人達に、垢が知らず知らずに付着してゆくということを、
利用している大人達は気づいていないんだと思う訳です。
純粋な人達を金儲けに利用してはいけない。
『世の中に広めたいから活動している。』って声高に宣伝しているが、
表面的な匂いがする時を感じるのはワシだけでしょうか?
意図的なものが入ると純粋が濁ってゆくんです。
生活環境って、自分の運命を左右するんだと感じる訳です。
いくら元氣な金魚を水槽で飼っていても、綺麗な水(環境)なら、
金魚はイキイキを維持できるけど、濁った水を混ぜると、金魚は死んでゆくんです。
逆に、弱っている金魚でも、綺麗な水で満杯にすると、徐々に元氣になって行きます。
つまり、環境が運命を左右するんです。
この世の中は『縁』で動いています。
縁があれば、つながるし、縁がなければ努力しても、つながらないんだということを覚悟したら良いのに、
多くの人は、その覚悟が出来ないんだと感じる訳です。覚悟が備われば、尾は引かないもんです。
縁は『自然体の行為』が、歪まずに人の縁を繋いでくれている。と思うんだけどねぇ。
魂が純粋な人は、表面的に見ると、いわゆる『普通』の人からは、
どんくさい感満載に映ってしまうんです。とろくさい奴やなぁ、と感じるから、
無意識に『見下して』いる人達は、多い感じがするんです。
他者を見下してしまっている『あなた』は、居ませんか?
お前は何者なんや?って天の声が聞こえて来ませんか?
世間的にピントがズレてるなぁとか、どんくさいなぁとか、感じる人達には、
魂が純粋な人が多いんじゃないかと感じる時があるんです。
だから、そういう人と出逢ったら『見下し』てはいかんのです。
今週友人経営者の松〇さんが、こぼしていました。
うちの社員の中に仕事の能力はトロいんだけど、休まないし、真面目に仕事してるから、
他の社員と給料を同じにしてやってるんだけど、
他のある社員が『何であいつは仕事がトロいのに、俺と給料一緒なんですか!』って、
食って掛かって来るんやけど、
会社は仕事の能力や、能率、効率だけやないんやけど、
難しいわぁと言うていたのを近くで居たので耳に入った訳です。ワシは、同感です。
仕事の能力だけで給料を決めるなんて人間性が破壊される社風に陥ります。
エモーションでは給料の定義をこう明記しています。
50%は社長の考えを理解する努力をすること。
社長の考えとは、社長の言うことを聞けということでなく、
社長の考えを網羅している『経営指針書』全てを理解しようと努力する姿勢のことである。
社長だからと言って、善かれと思って発言したことが必ずしも、
皆の発展に繋がるか?どうかは分からないからです。
うちの経営指針書は、365日、毎日10数年掛けて、あらゆる概念を整理して来たものやからです。
それを理解する努力をしてほしい!という願いであり、
指針書のような心温かい人物に成ってほしいという希望だからなんです。
もう50%は、与えらた職務を責任を持って果たし切ること。
この二つで100%であるという意味です。
だからその会社の経営指針書の内容が、
人格形成、人間性向上が明記されていないと往々にして『お金と労働の交換』にしかならないんです。
何とも侘しい会社に陥るんです。
だからワシは昔から口酸っぱく、縁ある社長達に言うて来たことが『人格教育』を社内風土として根付かせよ。
って発信して来ましたから。
能力は人それぞれ異なるんだから、多様なる価値観を持つ社員に、心温かい人物に成るように、
人格教育を社長が率先して全身全霊でやらないと、いかんと言うのが、香川湧慈の価値観です。
平成5年から平成15年までの10年間。
毎月一泊合宿で経営の指針(あらゆる概念の整理)を考え抜く『虎の穴』的なコアな勉強会のメンバーでした。
当時、創業120年の会社で売上50億で、経常利益3億の会長が
『香川よ。お前は経営者になるんか?教育者になるんか?どっちやぁ!』って言うから、
当時三十代半ばのワシは、こう言いました。
『経営者はイコール、教育者でなかったら、いかんのと違うんですかぁ~っ!』って。
そしたら会長、何とも言わず、その後目を掛けてくれたのを思い出しました。
会社は、社長の人格の反映であり、
社風は、最大の教育者なんだ!と、発信します。