『99の努力と覚悟』
誠実に一所懸命やってるけど、中々思うような成果が何年も何年も出ていないなぁと思っている人や、
何年も何年も、お金が厳しいなぁと思っている人へ。
亡くなっている有名人の中で多額の借金を抱えていた人に藤山寛美さんが居ました。
ワシは好きな人物でした。
笑いの中に人情がある喜劇を貫いていたからか、情を感じる人物でした。
そして必ずユーモアが同居している。
金払いも気っ風がいいし、みみっちく無かった人生を歩んだ人だったように感じます。
『他者の為に使った金使い』をする人だったから、
絶大な人気はあったけど借金は億超えで自己破産していますが、
生き様は人々に感動を与える人生だったように感じる訳です。
勝新太郎も、津川雅彦も、多額の借金抱えてあの世に他界しましたが、名優でした。
特にお金は、努力より本人の『因縁』が影響してるんです。
これ中々、分かってもらえないとは思うんだけど。
仏教哲学は因縁を説いています。
『因縁』が人間の生きている現象を起こして来ていると説いている訳です。
つまり自分に記憶がないだけで、前世で自分が行動して来た事が、原因となっていて、
現実世界に結果として現れていることや、三代に渡って絡み合っていて、
現実世界に影響を与えている。それを『因縁』と言います。
自分には全く記憶がないんだけどね。
仏教の教祖と言われるお釈迦様は、
その事を悟っていたから『釈尊といえども因縁の法は曲げられぬ』と言われたと伝えられている訳です。
世間から『釈尊』と呼ばれるほどの人物で、悟りを得た人間でも、
因縁の法は曲げられないし、避けれない。と言われたんです。
自分に記憶が無いだけで、前世で今起こっている現象の原因を作っていて、
その結果が今現れているという事。
『お金』は特に、因縁が左右するんです。
三代とは祖父母、両親親子、孫の因縁が絡み合って来るんです。
例えば、向こうの世界で自分の祖父母が、子や孫の『お金の運』を奪っていることは、
因縁の世界では存在するんです。
祖父母に子や孫のお金の運を、まさか自分が奪ってしまっているということなんて想像もしたこと無いのが大多数です。
祖父母➡️両親➡️自分 両親➡️自分➡️子供 自分➡️子供➡️孫というように順繰りなんです。
お金は、本人の努力だけではないんです。
だから我々が他者を見た時、貯金が沢山有るからとか、借金が沢山有るから。
というのとか、商売で儲けて、ごっつい金稼いでいるとか、
一所懸命誠実に商売していても、中々儲けられないとかは、大部分『因縁』が左右しているんです。
勿論本人の『努力の欠如』や『努力の方向の間違い』は当然の如くありますが。
だから、安易に他者の商売が上手く行っていない事を、批評するのは、
ワシは『いかん!』のじゃないかと昔から思っているんです。
そういう人をバカにしてはいけない。
往々にして、金儲けが出来た人の中で、知らず知らずに、儲かっていない人を、
自分より『下』に見てしまっている人は多い気がするんです。
『自惚れ病』発症していますね、そういう人は。
いわゆる『上から目線で他者を見る』ということです。
思うに『上から目線』の観点には、二つあるように思うんです。
一つは『親心』から湧き出る慈しみの目線。
これには愛と情から派生している『上から目線』です。
もう一つは、いわゆる世間で言われている、他者を見下す『上から目線』です。
経営のコンサルタントを生業(なりわい)としている人達は世の中に巨万(ごまん)と居ますが、
技術系のコンサルタントは別。
いわゆる経営全般のコンサルタントを業としている人達の中で、
先の『二つ目の上から目線』って感じるコンサルタントが居るんですよ。
そういう人は、クライアントの信念というのを聴かないから、
自分の価値観を押し付けようとするんです。よく理解しようと心を注がない感ありです。
正論を翳(かざ)すしか出来ない感強しだし。まぁ何が正論か?という問題はありますが。
クライアントの生き様や、根底に在る信念を慮ろうとしない。
相手の話を聞くパフォーマンスは、上手にするから哲学の無いクライアントは見抜けないんです。
ワシには感じてしまうんです。
あぁ、この人(経営コンサルタント)は、見下してるなぁ、と。
自惚れ病が染み着いているなぁ、と。
ワシはそういう人に出くわすと、上手にスルーしています(笑)
お金を稼いでいるから人徳が備わっているとは限らないからです。
ワシの揺るがない信念は、これですから。
『善い会社』とは、心温かい会社であり、
そこで働く人達全員がお互いに心通じ合っていて、
社員と社員の家族と、お客さんから愛されている会社。
つまり『お金』はそこで働く人達全員の因縁が絡み合って来るから何ともし難いもんなんです。
『99の努力をした者にだけ、天は1を与えてくれる』と神道や、仏教哲学を
学びながら実践して来た自分としては、当にそうとしか思えないんです。
自分は、99の努力をしているつもりでも、ひょっとしたら、天の眼から見たら、そうじゃないのかも?と捉えて、
真心を尽くす努力をせないかんなぁ、と
自分を叱咤激励する姿勢は大事です。
また、天の眼から見て99の努力をしているとしましょう。(自分には分からない事ですが)
それでも、中々思うような成果に到っていない、ならば、これが自分の『因縁』か?と覚悟して、
腐らずに真心を尽くす姿勢が実は大事なんです。
自分は未だ未だ99の努力が出来ていなんじゃないかという心境をいつも持ちつつも、
中々芽が出ない事は、因縁かも知れんなぁ、つまり前世で己が蒔いた種なんだと自覚することを『覚悟』と言うんです。だから、全ては己自身の責任なんだと覚悟して人生を歩むしかないと思う訳です。
「99の努力と覚悟の歩み」が、今からの人生を意義あるものにして行きますから。