『心の温かさ』が感じられない会社は、
どれだけ財務内容が良くても『善い会社』とは、言えない!
そう思いませんか。
人間が『充実した人生を歩む為』に会社って存在するんじゃないのっ、て思うからです。
いくら儲けていても、事業の将来性があって着実に業容を拡げていても、
そこで働いている人達の人間関係に血が通っていないなら、
そして精神性が高まっていないなら、善い会社とは、思えない。
うつ病になったりやねぇ、人格が育まれないなら、何の為の会社なんよ。って思いませんか?
『心温かい風土』の中に居る人は、うつ病にならないんじゃないかと思う訳です。
心温かい会社って何も物理的待遇か良いからという訳ではないと思うのです。
目に見えない『縁』の深浅(しんせん)が存在するということを、多くの人は思いもしない。
縁の深浅とは、理屈を超えるんです。
縁が深い関係なら理屈を超えて経営者の価値観に共感するし、
社員同士が心通じ合うからなんです。
物理的待遇を超越します心温かい会社は。
人間関係でストレスを感じている人へ伝えたいのは、相手を変えることは出来ないんやから、
受け取る側の心の捉え方の訓練をして『心を強く、しなやかに』 して行ってほしいと願うばかりです。
心を強くするだけでは何かがキッカケでポキッと折れてしまうもんです。
だから心は『しなやかさ』が必要なんです。
どんなことを言われようと、自分の心の捉え方で、うつ病は回避できるかも知れませんから。
相手は、相手自身が変わろうとしない限り、変わらないのが世の中の人達やから、
自分の心の捉え方を訓練するしかないんよ、ホンマに。
あと、
高額な給料を得ていても『労働との交換所』としか(働いている人達も、給料を払っている社長も)
考えていないなら、果たして善い会社なんだろうか?
会社は『給料と労働の交換所』だと考えている人達は、余りにも人生侘しくないですか?
何のために働いているんですか?
という抽象的な概念を自問自答する心の習慣が、実は自分の人生に影響を与えるんです。
また経営のトップが、働いてくれている人達のことを
『社員は自分の人生の最も輝かしい時期を会社に委ねている』という自覚すらないなら、
もはや経営者じゃなくて、単なる資本家なんです。
『あなたは、自分の銭儲けの道具として人を雇っているのか!』
ということです。こういう社長が増えるから、世の中善くなる筈ないんです。
日本人の価値観は常に『上に立つ立場の人』の心構えを問うています。
西洋人じゃないんだから。
どんな会社にも出来得る社会貢献があるんです。
それは、縁あって雇っている人達を、確りと人格教育することなんです。
縁あって集っている人達の精神性を高めながら、心が澄んで行き、
心温かい人物に成ってゆくような社内風土を社長自身が全身全霊で取り組むことで、
そのような会社に向かって行くんです。
そういう社長のことを『経営者』と言うんじゃないでしょうか。
経営者が社員を想い、社員が経営者を想っていても、
経営者が社員に仕事を伝えていて、社員も経営者の言うことをやっているのに、
人間関係にギクシャク感が生じてしまうのは『認識のズレ』なんです。
認識のズレが生ずるから、噛み合わない関係になってしまうことはあるんです。
だから真正面から向き合うことを避けてはいかんのです。
経営者がそもそも、自分とこで働いている人達から、尊敬もされない。
親しみの情も抱かれない。そんな会社のトップは果たして人生充実するんだろうか?って感じませんか。
ワシの考える『善い会社』の定義は『顧客の年間購入額の向上と、
社員一人当たりの年間粗利額の向上&全社員が、精神性を高めながら心が澄んで行き、
心温かい人物に成ること。』なんです。
皆さんの考える定義はどんなものなんでしょうかねぇ?