『会社の終活』
人間は高齢になって来ると『終活』を意識する人は、
多いのか?
少ないのか?
人間は生まれて来たら必ず訪れるものが『寿命』です。
全員が、いつか死を迎えるんです。
そうでしょう。
いつか死ぬんです。
会社も同じ。
人間に寿命があるように、会社にも寿命があるんです。
いつか会社の寿命を迎えるんだから、
どんな『終焉(しゅうえん)』を迎えたいのか?
その終焉の迎え方に、
そこで働く全員の合意と納得があれば、安心感が湧き希望が湧いて来ますから。
その為には、その会社に於ける『良好な人間関係』が必須です。
良好な人間関係の無い会社に『合意と納得』なんて、あるんだろうか?
まぁ、利害が一致すると妥協という合意はあるんだけど、
良好な人間関係には、利害を超えての『合意と納得』が得られます。
ワシは実際こんな終焉を迎えたいと思うところはあるんです。
歴史を見ても足利幕府は十五代で終えているし、徳川幕府も十五代で終焉している。
永遠に一つの組織が、続くことは無いんじゃないかと思う訳です。
『自社らしい終焉』を描くのは、希望が湧くと思うんだけどねぇ。
不安感が湧いてしまう人はたぶん、
人生の終焉を描いたことが無いんやと思う訳です。
だから、生きる覚悟が決まらない。
先が、そして自分の未来が、想像できないから不安が襲って来るんです。
どんな人生の終焉を迎えたいのか?
経営者なら、どんな『会社の終活』をするのか?終焉を迎えたいのか?
描いたら、ええのに。
ワシの描いている会社の終活は、たぶん大多数の経営者の描くものとは『違う』と言えます。
ワシの思う終焉を今までに、他者から聞いたことがないからです。
ここでは言いませんが(笑)
軽々しく言う類(たぐ)いのものじゃないからです。
皆さん!お奨めしますよ。
会社の終活、会社の終焉はどういうものにしたいのか。を描くことを。
会社も人間と同じように『寿命』が来るんだから。
人間は、長生きするのが人生の目的ではないんです。
誰も分からない寿命まで、どう生きるか。
どう生きたか。
なんです。
会社も、ある意味同じと思う訳です。
人間の寿命は、自分で決めれないけど、
会社の寿命(終焉)は、経営者が社員の奥底の心情を慮って描くことは出来るんだから。