今週岡山同友会の後輩経営者がエモーションに来社したいと連絡くれて、来られました。
『きび団子』を手土産にしてくれたので、すかさずワシは
『〇田君、きび団子の意味知っとる?会社経営は、きび団子作らないかんで。』
ってニコッ(*^_^*)としながら言いました。
彼『えぇっ?いやぁ』
ワシ『自分、岡山県人やろ、桃太郎の鬼退治の意味知っとるやろぅ(笑)』
バツ悪そうな顔したので、去年の年末に香川湧慈価値観綴り、送ったやろぅ。
その中に桃太郎の鬼退治の意味や、きび団子の意味書いてたんやけどなぁ(笑)
という感じで経営談義をしました。アッと言う間の二時間ちょいでした。
彼の学ぶ姿勢に、心地好い気持ちになりました。
発信者として甲斐がありました。
今週のメッセージを、桃太郎の鬼退治&きび団子の意味にしようと思いました。
桃太郎が鬼退治に犬と雉(きじ)と猿を連れて行きました。
『仁』つまり、思いやりの心と行動を『犬』で表し、
『勇』つまり、正義と勇氣と礼義を雉(きじ)で表し、
『智』つまり、知識が行動として身に付いていていることや、
工夫を『猿』で表しています。
この『仁』と『勇』と『智』を一つに串刺しにしたものが『きび団子』です。
つまり人間は、優しさと勇氣や義理人情と、智恵を一つにして人生を歩みなさいと言う生き方を説いています。
鬼とは『貪欲(とんよく)瞋恚(しんに)愚痴』の塊(かたまり)の総称のことです。
貪(とん)とは『物質的むさぼり』のこと。つまり、物欲や権利欲や金銭欲です。
欲(よく)とは『精神的むさぼり』のこと。つまり、名誉欲、権力欲です。
瞋(しん)とは『目に角を立てて怒る』こと。つまり、形ある怒りです。
恚(に)とは『精神的怒り、義憤も含めます』のこと。
愚(ぐ)とは『物事を正しく見ない』こと。つまり精神的愚かさ。
痴(ち)とは『痴人』のこと。つまり肉体的愚かさ。
人間の煩悩というのは無限の貪(むさぼ)りを持ち、怒りを持ち、
物事を正しく見ない愚かさを持っている。これを総称して煩悩と言います。
その煩悩の塊を鬼と言うんです。
鬼退治は、貪欲(とんよく)眞恚(しんに)愚痴(ぐち)の塊を退治すること。
犬と雉と猿が一つに成るから、鬼が退治出来ると説いています。
だから、人生の難題困難を克服するものは、きび団子なんです。
つまり、あなたが仁と勇と智を身に付ける努力をするから『きび団子』が出来て来るんです。
会社経営には、この仁と勇と智を担える幹部社員を養成すると、
鬼退治が出来ると(桃太郎の鬼退治)諭してくれています。
一人経営の会社なら、己が仁と勇と智を身に付けて行くことです。
それを為して行くには経営者の器を磨き大きくして行くことが源泉に成ります。
では、
『人間の器の大きさ』とは、どういうことだと、皆さんは捉えていますか?
よく言われているよね『会社は経営者の器以上に大きくならない』って。
この『大きく』というのを、ほとんどの人が会社の規模と捉えているんじゃないかなぁ、と感じる訳です。
そこに『違和感』を感じる人は居ませんか?
昔から言われているでしょ『屏風と商売は広げ過ぎると倒れる』って。
昔の人の洞察は、言い得てるなぁ、と感じます。
安易に他者から言われた『ごもっとも』と感じる言葉を、一旦自分の深い所からの価値観に置き換えもせずに、
鵜呑みにしている人、居ませんか?!
一旦、自分の深い所からの価値観に置き換えてみたら、ええのに。と思う訳です。
香川湧慈の『器の大きさ』の意味を発信しますので、参考になれば発信者として甲斐がありますから。
器とは『時間的拡がりと空間的拡がり』のことを言います。
時間的拡がりとは文字通り『過去から未来』のことを指します。
どれだけ自分の過去へ遡って、物事を考えられるか。
つまり、この世に生を受ける前までの過去です。
前世や、それ以前の前世まで想像するしかないんだけど、
遡って己の原点を推測することで、未来を、将来を見通す力を養う。ということが時間的拡がり。
斯く言うワシは、30年くらい前に、こう考えました。エモーションの経営者である前に香川湧慈である。
香川湧慈である前に、前世で今は亡き師匠の下で、
禅の修行をした武将として、日本人としての役目を果たしていた、と。
だから、師匠に対して恥ずかしくない生き方をしたい!一言で言うと、
これだけです。
空間的拡がりはずばり『包容力』です。
自分と価値観が違う人の価値観をも、包容できる心の広さ、深さを、空間的拡がりと言うんです。
そして、言葉でもなく文章でもなく、
後ろ姿つまり生き様で相手を納得させてしまう人間的魅力の溢れる人物が器の大きい人間だという価値観なんです。
そういう人物を目指しておる訳です。人生永遠のテーマですから、息切れしないんです。
皆さん!人生永遠のテーマを見出だしましょう。
心穏やかに充実した人生をみんなで歩む為に。
今、真面目に一所懸命に仕事しているけど、ひょっとしたら何十年と実績が出ていない人も沢山居るでしょう。
こう捉えてみてはどうですか。
あなたの能力の欠如ではなく、あなたを正しく評価してくれる人物に自らの存在が伝わっていない。
という関係性の目詰まりにあるんだ、と。
人生は、出会いと可能性です。
この『出会い』巡り合わせは、目に見えない『縁』が左右します。
だから『ご縁を大切に生かして行く』言葉と行動が、如何に大事か感じませんか。
目先の自分の利害損得しか、心にないから、せっかく出会った縁を蔑(ないがし)ろにしていませんか?そこの、あなた!
巡り合った縁に、自分の真心を発したらいいんです。