あなたは他者を『信じ切る』ことが出来ますか?
多くの人は『信じ切る』ことが出来ないと感じます。
また自分が学問を自主的に学び、その学問を実践していると、
徐々に信念に裏打ちされた人生の哲学が培われて来て『この人』と思える人を信じ切ることが出来るんです。
信じ切れる対象者が居ることは、魂に安心を備えさせます。
勉強が中途半端で実践も中途半端な人が他者を信じ切っている人は多い気がします。
そういう人を、盲信していると言うんです。
何でもかんでもユーチューブ(YouTube)情報やテレビを信じてしまうから、
マインドコントロールされる人は、多いんです。特に人生観、社会観、価値基準を確り持っていない人が。
中には巧妙にマインドコントロールしている情報があるからです。
AIに意見を求めている人も多い気がします。それ鵜呑みにしたら、真実を見失いますよ。
AIは、相談者の希望に添うような回答が多いからです。
そして、過去の知識と経験でしか判断できないからです。
先ずは、自分が『勉強したい‼️』と本心から思わない人が、信念なんて出来る筈無いんです。
人生哲学を備えて他者に振り回されない秘訣は順番があるんです。
先ずは『教』です。
自分が勉強したいという感情が湧き起こって学問を勉強すること。
次に『行』です。
学んだ学問を実践しないと、身に付かない。
自主的に学問を勉強して、実践していると、徐々に『信』が醸成されて来ますから。
つまり、信じることが出来るようになりますから。
勉強を中途半端にして実践していない人が、他者を信じると、振り回されますよ。
『信じる』ことは自分の信念に裏打ちされた人生哲学を備えている人だけが、その心境に達するもんです。
人生哲学を備えていない人が、困る事が起こると『祈る』でしょ。
『祈る』って、何に祈っているんでしょうねぇ(笑)?
神社に行って祈っているのは、神の存在を認めているから、祈るんでしょう。
でなかったら何に祈っているんでしょうね?
日頃から神の存在なんて信じていない人が、自分が困った状況に陥ると『祈る』んです。
なら祈る資格がある人と言うのは、
日頃から神の御心(みこころ)を我が心とした、思考と行動を心掛けている人ということになりますから。
果たして、どれくらいの人が、神の御心を我が心として生きているんでしょうかねぇ?
『お前は、神に祈る資格がある人間なのか』と自問自答せないかんのじゃないでしょうかねぇ、と問いたい。
会社に於いても同じ。
たまたま運が良かっただけで、何かがヒットして数値が伸びた会社や、
M&Aを繰り返して規模が大きくなってしまった会社を『膨張企業』と言うんです。
多いん違うかなぁ?膨張企業。
成長企業は『苦労の極地に於いて出るもの』なんやけどねぇ。
過去の知識と経験では『閃き』は出て来んのです。
三度の飯がまともに喰えている人に閃きは出んのです。
閃きは、苦労せん限り出んのです。
この、過去の知識や経験を超えた『閃き』が成果の源泉なんです。
膨張企業は運の良い安直の世界に出るものです。
八方塞がりになった時には、自分の、自社の『原点に返る』しか、脱皮は出来ないと感じます。
しかしながら、人間は金回りが調子良くなって来ると、知らず知らずに『自惚れ』と言う垢が付着して来ることに、
悲しいかな気づかん成長して来た人が多いのも事実です。
せっかく、苦労の極地から自らの閃きと努力で成長に値する成果を上げて来たのに、
反省と感謝を忘れるから、正論を強く発し続けてしまう愚かさが出て来てしまうんです。
一所懸命努力していても、中々成果に現れない多くの人達に、正論を強く発している光景を見るにつけ、
それは親切心と言うより、
言われている人は『責められている』気持ちになってやせんかと感じることもしばしばありますから。
成長し、成果を出した人の陥りやすい油断であり、反省心、感謝の欠如です。
成果を出している人をよく観察してみて。
心からの笑顔がない人は、自惚れ病になっているから。
大事なことは、己は何者なのか?を内観することです。他者にはなれないのに
上手く行っている人や会社を真似ようとしていませんか?!
自分の強みや、自社の強みに、全身全霊に成らない限り、
自分に合わない事に、自社に合わない事に、時間とエネルギ―を使っても意味を成さないんやけど、
他者の真似に時間と、エネルギ―を費やしていませんか?
と、言いたい。
猫は犬に成れないし、梅も桜には成れないんです。
お前は何者なのか?!己の良心に、静かに聴くんです。
梅は梅を咲き切ったらいいのに。桜は桜を咲き切るんです。
人間は、自分の良心を咲き切るしか、己のが誠を咲き切るしか、充実は来ない!としか思えません。
何で?真似事に時間とエネルギ―を費やしてしまうの?
己の誠を咲き切ることが『真心(まごころ)』です。
『誠意と真心』は一つ違いがあるんです。
誠意ある行為は、相手に対しての気持ちなんです。
が、真心の発露に相手は関係ないんです。
己の良心、真心を他者に振り回されずに発露することが、結果的に相手に対する誠意になって行くんです。
自分の真心を発露しながら、的を射た努力をしている状況を、本来仕事なんだ。と言う価値観です。
皆さんの仕事の定義は何でしょうかねぇ?
己の良心に聴いたら、答えが浮かんで来ますから。