『心中を察する』『心中を慮る』人と間と書いて人間。
人間関係の充実に欠かせない要素が、相手の心中を察し、慮るということ。
お盆前に戦後80年やなぁ、と何気ない会話をしていたら、
社員の一人から大東亜戦争の事を聞かれたから、盆休みに読んでみる?と文庫本
『祖父東条英機:一切語るなかれ』という30年前に出版されたものを貸しました。
社員とこんな事を話題にしたりしてますか?政治経済歴史の話題で話し合ったり、してますか?
会社は、全社員の人生を充実させてゆく為に存在するものなんやから、
政治経済歴史や、仕事とは、幸福とは、というような人生に関わる会話を、
日常的に習慣になっている社風形成は、大切やと思う訳です。
会社は、労働と給料の交換所。だけだというのは余りにも侘しいと感じませんか?
話を戻します。
著者は東条英機元総理のお孫さんである岩浪由布子さん(本名岩浪淑枝さん旧姓東条淑枝さん)
現在86歳。出版した時は56歳。
社員が読後の感想を日報に『東条英機元首相の遺書は圧巻でした』
と、書いているのを見て、心中察することが出来たんやなぁと共感しました。
日本が開戦に入った時の内閣総理大臣が、言わずと知れた東条英機元首相でした。
終戦後に開かれた極東国際軍事裁判、通称東京裁判で、東条英機元首相は直立不動の姿勢で明言しました。
『私のやりました行為は、天皇ならびに国民に対しては、万死に値する行為でしょう。
しかしながら、追い詰められた弱小国が自国を守る為に戦った正当防衛であったということに於いては、
今尚変わりはありません。』と。
これは東京裁判の記録に載っています。
現代の総理大臣で毅然として、敵勝国の主任検事に対して、発言する首相が果たして居るでしょうか?
あなたが当時の内閣総理大臣だったら?どう行動しますか?
そういうように何事も『自分だったら?』と捉えて考える思考習慣が大事なんです。
世間は何かあれば簡単に批判しますが、批判するなら対案を出せ!
が、ワシの持論です。対案も出せない人は、批判してはならんのです。
東条英機元首相の行動を、一般家庭に置き換えたら、あなたの家に突如暴漢が入って来た。としませんか。
女房や娘が居て、暴漢が刃物やピストルを持って襲って来ても、
娘さんが今まさに凌辱されようとしている時に、
あなたは、座して為されるままにしますか?
せんでしょ!
当にそういう状態だったのが、当時の日本だったんです。
その心中は察してほしいと願う者です。
最後まで『和平』を願ったのは昭和天皇だけでした。
が、座して屈服すれば日本は、欧米とソ連の植民地に成っていたんです。
(実際戦後、欧米とソ連は、日本四分割して自分達の領土にする計画がありましたから)
だから終戦後昭和陛下は武藤さんと言う通訳官だけを連れてマッカーサーに会いに行き、
皇室財産全てをマッカーサーに差し出す書類を持って、
私(わたくし)の命によって行なった以上、日本には戦犯は一人もおりません。
戦争の全ての責任は私ただ一人にあります。絞首刑は勿論のこと、
如何なる極刑に処されても覚悟は出来ております。
しかしながら、国民の衣食住に於いて、深憂に堪えないものがあります。
どうか国民の衣食住の点に於いて、閣下のご厚配を賜りますよう、
お願い申し上げます。とマッカーサーに言ったんです。
武藤さんは、そのまま通訳していいのか?迷ったそうです。
マッカーサーはその瞬間、昭和天皇を尊敬したんです。
何故、尊敬したか?
窮地に陥った、世界の国家元首の行動を知っていたからです。
自分の命だけは助けてくれぇ。とか、他国へ亡命させてくれぇとか物乞いに来ることを知っていたからです。
日本の天皇とは、馬鹿か気違いか?偉大なる聖者か?と思ったそうです。
トルーマン大統領から日本に一千万の餓死者を出せ!との命令に、
マッカーサーは日本の人口を多目に偽って報告し、食糧を調達したんです。
昭和天皇の命を賭けた『戦争の全ての責任は私ただ一人にあります。
如何なる極刑に処されても、、、』の一言なかりせば、
当時の人達の命を賭けた行動がなかりせば、
現代の自由を謳歌出来ている日本は無かったと言えます。
マッカーサーの心を捉える事はなかったでしょう。
この事をマッカーサー回顧録にマッカーサー自身が書いていますから。
ソ連なんて8月15日に終戦になったのに、5日後の8月20日、突如ソ連軍が樺太に上陸。
しかも日ソ不可侵条約を締結していたにも関わらずですよ。
不可侵条約とは、何が起こってもお互いに、侵略しません。という国際法に則った約束事です。
それを、当時のソ連は平気で破ったんです。
樺太満岡郵便局の電話交換手の乙女達10人は、
青酸カリを飲んで自決しました。(9名が死亡)この電話交換手の乙女達の心中察せられますか?
『ニッポンノミナサマコレガサイゴデス。サヨナラ、サヨナラ』と打電した直後の自決でした。(映画にもなりましたね)
戦前の元内閣総理大臣だった広田弘毅元首相は戦時中は一般人だったにも関わらず、
軍人でも政治家でもなかったのに、東京裁判では、A級戦犯の一人として、絞首刑になりました。
東京裁判第一回公判に広田弘毅元首相の奥様である静子夫人が、裁判の状況を見て、
以降は、二度と裁判の公判には行きませんでした。
『心中を察する』ということを皆さんにメッセージしたいと思います。
何故?静子夫人は第一回公判だけ見て、その後見に行かなかったのか?
この心中、察することが出来ますか?
広田弘毅元首相は最愛の夫です。奥様は、悟りました。
絞首刑になってしまうと。夫も、それは悟っている筈。ならば、夫の心残りは?
と夫の心中を察しました。
自宅で息子さんが何か胸騒ぎがして2階へ。静子夫人は首を釣って自殺していました。
それを息子さんは拘留中の父親に、母親が自殺したことを告げました。
広田弘毅元首相は頷き『そうか。』の一言。
皆さん、この広田弘毅元首相の心中。静子夫人は何故?自殺したのか。
その心中、察せられますか?広田弘毅元首相は自分は絞首刑だな。と悟り覚悟を決めたが、心残りは最愛の妻。
子供達は成人し所帯も持っている。
奥様は、その夫の心中を察し、年老いた私を残して先に逝くのは何とも心辛い筈。
自分が先に逝くことで心置きなく逝ける筈と心中慮っての行動でした。
何が言いたいか。人生の究極時の心中を慮る人物を目指したいと思いませんか。