今週たまたまテレビで戦後の物資の無い時期の上野動物園の猛獣の殺処分せざるを得なかった時の映像が
目に入りました。
餓死させるのは忍びないから、餌に毒を混ぜて一回で。が、せめてもの想いだった、と。
虎やライオン達の当時の映像が目に映り、何とも居た堪れない気持ちになりました。
がしかし象🐘だけは毒入り餌を食べない。
何度も毒入り餌を差し出しても本能なのか?食べなかったそうでした。
だから、やむ無く餓死させたと放映されていて、今、その朗読会を東京で開催中だと。
何とも居た堪れない気持ちが膨らみました。
物資が無いのは、ほんまに辛いもんです。
戦後すぐは多くの母親に、子供が『お腹すいた!お腹すいた!』と泣き叫ばれることくらい、
親として辛いもんは無いんです。
これを現代に置き換えると、ほんまにお金がキツキツなのに、
その心中を汲まない、慮らない家族の『あれ買って、これ買って』を言われる親ほど、
心が疲弊する現象は無いんです。魂が削られるんです。
寿命が削られるているということを知ってほしいと思います。
そういう事を言う側の人の魂も知らず知らずに削られているということも知ってほしいんです。
お金が有れば、してやる気持ちに何の躊躇(ためら)いも無いという気持ちを察してあげることが大事で大切です。
会社に置き換えても同じです。
会社の経済状態を慮る社員が増えてほしいもんです。
言っている方も悪気がある訳じゃないんだけど、その人の『心の習慣』やと思う訳です。相手の心中を慮る心の習慣を身に付けてほしいと願う者です。
『習慣』とはそもそも価値観や性格や資質や環境によって形成されてゆくもの。
だから、無理に習慣をつくることは良くないと思う訳です。
例え『健康に良い』と言われる習慣でも、そこにこだわると『囚われて』しまうから、
自然体でなくなり却って、健康に良くないと思う訳です。
習慣=固定観念と置き換えたら、こだわっちゃダメと言うのが理解してもらえると思うんだけど。
世間では、固定観念は持っちゃいけないが、良い習慣は持たないといけない。
的な風潮がある。
習慣=固定観念と置き換えみたら、果たして世間で言われていることは、
どうなん?って感じてしまうのはワシだけでしょうか?
人は、それぞれ色んな荷物を背中にしょっている生き物です。
背負うものが増えて、どんどん重くなると、当然『しんどいなぁ』と嘆く機会も多くなるもんです。
相手の心中を察する、慮る心を備えないと、知らず知らずに自分が背負う荷物が重たくなるんです。
ほんまですから。
荷物を軽くしたら済むのに、それが出来ないのは、なぜ?
今まで築いて来た実績やプライド?努力や、人から認められたいということを続けたいが為?
自分がしんどいなら、自分で荷物を降ろしたらいいだけなのに。
しないのは何故?
荷物は重くなる前に、軽いうちに降ろしたら氣が楽になるのに。
斯く言うワシは昔から『持たざる経営』を好んでやって来ました。
つまり、所有権を持たない経営が氣が楽だからです。
ペーパー(紙面)上に、誰の所有物か、が書かれているだけですよ。
人間は全員が、いつか寿命が来るんです。
所有権を一杯持っていると、寿命が来た時に相続税や、他の問題事が起こって来るのは、
分かっている筈なのに人は、所有権を持ちたがる。
『持たざる経営』が、ワシの好みだから会社は設立以来35年ずっと賃貸です。
身軽が自分らしいし、自由度があるから。
自宅も昔、手放してからは、ずっと賃貸でした。
住む場所や好みも年を重ねると変わってゆくかも知れんから、好きな所を住居にして来たんですが、
2年前、質の良い中古の一軒家を買いました。
理由は、これから年齢を重ねて、例えば80歳くらいになったら、
賃貸物件を貸してくれなくなるのが世間やからです。
すごく良質の中古一軒家との出会いがあったタイミングでした。
内覧した瞬間30秒くらいで決めましたね。
必要最小限の所有権だけでいい。という価値観です。
所有権にこだわらない生き方や、習慣に囚われない生き方が自然体で心地好いからです。
会社の社員数も『ちょうどいい』を確立したいと『適性規模』を確立して来たので、
世の中で声高に叫ばれている『人手不足』って、うちには関係も、関心も無いんです。
設立以来『求人』って概念もなかったから、求人なんてした事ないんです。
全て『自然体』の縁を大切に、感性で選んで来ました。
会社は『一代限り』と設立当初から決めていたから、
縁あった適性規模の社員数で一生歩みたい。だから求人はしない。
うちは定年制でなく、引退制にしてるから、それが『プロ』だと思っているので、
組織や会社の都合で、いつ辞めるかを強要はしたくないからです。
『決める』から『見えて来る』んです。
そしてややこしい所有権だとか、重たい荷物は持たない経営が、
身軽で心地好く、それこそ、自然体で善い習慣に成っている氣がします。
全ては『縁』だという価値観だから、事業を継ぐ縁があるなら、
そういう縁のある人が現れるという価値観です。
うちは、ある意味世間の会社の目指す価値観とは異なる価値観ですね。
会社の株価を上げたくないので、全部自分を含めた社員に還元してるから所得税を払うだけです。
残すべきは『良質の顧客台帳の数』と『エモーションの仕事の流儀』のみ。
もし縁あって事業を継ぐ人が現れたら、要らん税金払わなくて顧客台帳だけ引き継いで商売が出来るから。
これ『日本人的経営』じゃないかと思う訳です。
縁あって継いだ人は、顧客台帳があれば商売が1から出来ます。
人数規模の多い会社って、背負うものが過大やと感じるから大変やなぁ、と思う訳です。
何故?規模拡大を目指す人達は、お金と時間と心を費やして、
背負う荷物をしんどくなるまで、飽くなき欲を出すんだろうか?
まぁ、好きなんでしょう規模拡大が。ワシの好みではありませんが。
人それぞれ『好み』が違うから、それでいいんです。
最後に人間関係はこの二つの諺(ことわざ)で表せます。
立場が上に立つ人には『衣食足りて礼節を知る』を肝に銘じてほしいんです。
会社で言うなら、社員に文化的な生活が出来る給料や待遇をしてやりなさい。という事。
立場が下の人にはこうあってほしいんです。
『武士は食わねど高楊枝』の心で生活してほしいと思う訳です。
会社の状況を慮って、何でも『くれくれ言うな!』という事。
自分が相手を思いやる心で接する。
相手も自分を思いやってくれていると実感できる間柄が人間関係の本質なんだ!と言いたいんです。