社風は最大の教育者。この意味、深いんですよぉ。
格式が社風を創って行きます。
ワシが亡き師匠から教わった『格式』の意味と辞書やネットで検索したウキィペディアで解説している意味とは違うことを今週発見。
ウキィペディアの解説とは、それこそ格が違うわぁ、と思わず感じました。
ウキィペディアや辞書で解説しているのは、自分で調べてみて。
ワシの言う『格式』とは、その人、その家、その会社の根底に流れている究極は何なのか?を見極め、
それを、責任を持って行動することを積み重ねてゆくことで、
その人柄、家柄、社風を形成して行くことで『格』が生じて来るんです。
その『格』を、どう学び、生かして来たかが『式』と言うんです。
だから『格式がある』人柄や家柄や社風が形成され、それが組織員(自分や家族や社員)を育て上げてくれるんです。
こんな解説、辞書にもウキィペディアにも、載っていません。
それこそ、辞書編集者の格式とは何ぞや?と一瞬感じました。
百周年の会社も増えて来た感あり、ですが、百何十年続いているから『老舗』と世間では言っていますが、
長く続いているだけで果たして『老舗』なんだろうか?ワシの定義する格式が備わっているなら老舗ですが、
そうでないなら、
ワシの言う格式の定義から言うと、ただ古い物を売っているに過ぎない。
老舗とは言えない。古くから続いているだけ。
キツいこと言うけど。
『老舗』の意味。
『格式』の意味を所属する皆で、考える風土が大切ですよ。と言いたい。
ここよぉ~に聴いて下さいね。
『組織を構成している各個人それぞれの、日頃の心構えが組織の運命を左右してゆく』を、
社員一人一人が肝に命じて毎日仕事をする。
そうしていると、徐々に格式が生じて来るかも知れませんからね。
また『会社は、一人にして興り、一人にして滅ぶ。一悪生ずれば、百悪集う。』んです。
社員のたった一人でも工夫、工夫、工夫の連続を止めたり、
お客さんに興味を抱いてもらうにはどうしたら良いか。を、
考える思考が止まったりすると、進歩は止まり「格」には成って行きません。
一人一人の工夫が無くて、月日が過ぎたら給料くれるって事は有り得ないんだ。と、
一人一人が自覚しない限りやがて滅んで行きますから。
人としての格式や、家庭としての格式や、会社としての格式を意識して、
所属している人達を巻き込みながら、皆で格式ある人柄や、家柄、社風を築き上げて行きませんか。
そのリーダーが父親であり、社長です。
自分の人生の経営者は自分なんだから、どういう人生を歩みたいのか!を考える。
なぜ?そういう人生が納得ゆくのかまで考えるんです。
なぜ?なぜならば。をハッキリしたら、心軽やかに歩めるんです。