すべてはあなたの、ものの考え方、捉え方で人生が左右される。
およそ、多くの人が会社で仕事をしている。
人生の長い時間を、家族よりも職場で過ごし、歩んでいるはず。
まともな経営者は、全身全霊で経営目的、つまり全社員の幸福な人生の為に、あらゆる事を考え、
実行方法を考え、社員達に任務を与え、社員達に理性的納得と感情的納得を得られるよう愛情を
それを受ける社員の、捉え方で、成長して行くか、不満に感じるか、に分かれるもんです。
成長する社員というのは、他人と比べる意識を持たないし、比べないもんです。
例えば、指導者から注意された時、何で自分ばっかり、とは思わないもんです。
責められているとは感じないもんなんですね。
自分の出来ていないところを鍛えてくれているんだ、と捉えるもんなんですね。
また過去の自分と比べる思考をするもんですね。
まともな経営者は、社員達に、こう言うているはずです。
社長の考えを理解する努力をしてくれぇ、と。
「社長の考え」とは、経営に対する考え方、つまり、仕事のやり方、経営方針、人生の幸福に対する
注意されることも本人の捉え方によって、その後の人生が左右されて来ます。
指導者から見ると、出来ていないから、注意する、社員の成長の為に叱るんですね。
そしてチームの成長の為に叱るんですね。
出来てたら、注意も叱ることも、せえへんもんです。
オリンピックのメダルを導くような監督や指導者は、皆厳しく指導しています。愛情があり有能だからです。
厳しいのは、本当の優しさの現れですね。
優しさがなければ、厳しくは出来ませんから。
責められている。と捉えるか、出来ていないところを鍛えてくれていると捉えるか、
会社の苦しい時期に身を削って共に耐えてくれた幹部社員というのは、
他の社員の見ていない所で、社長から徹底的に、考え方、捉え方を魂に叩き込まれているもんです。
相当、キツイ事を、そこまでやるか!ってところまで問い詰められているもんです。
単に業務レベルの注意じゃないんですよ。考え方、捉え方、生き方、価値観をトコトン発信されていますから。
他の社員達が知らないだけなんですね。
そういう幹部を社員の見ている所では叱らないもんです。
そういうのを社員は知らないし、気付きもしないのが普通ですよ。
幹部は、社長の発信に、カチン!と来ながらでも、ちゃんと理解してくれて、
だから社長の心が救われるんです。
そうでしょう、自分のことを心底理解してくれていると感じられたら、心は救われますよ。
親の心、子知らず。を感じた時、親は孤独感を味わいます。
愛情ある指導者も親と同じ。親の心中を理解してあげてほしいのです。
愛情ある指導者(社長)だと感じるところが少しでもあれば心中を察してあげられるものなのに、
逆もまたそうです。
心中察してくれるだけの器がある社長ですか?指導者ですか?あなたは。
人生一度きりです。
鍛えられて、モノに成る努力と、考え方、捉え方をして行きましょう。
それが、人生を歩むということやと思うのです。
人生は、何となく過ごすものでも、送るものでもない!と思うのです。
歩むとは、自覚と責任感のある考え方で仕事をしていることを指します。
多くの社員の皆さん、あなたの会社の社長は、厳しさの伴った優しさのある社長ですか?
それとも、、、?
愛情のある社長というのは皆、理想を発信しているもんです。
社員達の業務ミスを通して、社員の心構えを説いているんです。
ものの見方、捉え方を説いているんですね、ワシは。
だから理想に対して積極的摩擦が時には必要なんです。
社長と社員達の、理想実現に対して、積極的摩擦を恐れてはいかんのです
。
全社員の人生が掛かっているから全身全霊で指導するんですね。
理想に対して積極的摩擦を起こしていると、結果「雨降って地固まる」に成って来ますから、
目に見えない縁が深い者で、共に仕事が出来ている状態が幸福と言うもんです。
「なぁなぁ」では、地は固まりませんから。
あなたのものの考え方、捉え方で、あなたの人生が有意義に成るか、成らないかの分かれ目になります。
自分だけが責められていると、決して思ってはいけません。
出来ていないところを鍛えてくれているんだ、と捉えるから、成長できるんだと、思います。
モノに成る人は、真正面から物事に取り組んでいますよ、例外なく。
斜めから見るような人にモノに成る人はいない!
仕事はプロに成る努力が絶対に大事で大切なんです。
自分の人生を有意義にする為に。
縁あって共に歩む会社の全員の人生を有意義にする為に。
プロの世界に生きている訳です、お互いに。
よぉ~に、心に留めておいてほしいと願います。
そう捉えていると、あなたの心が愛で満たされる感覚になって来ます。
そんな感覚になった時、ただ感謝しかないという心境になりますよ。
心が愛で満たされた時、ただ感謝しかない。
そう思いませんか。