全くの悪気なんて一切無いのに誤解されやすい人は、よぉ~く自分の言動を観察する習慣を持つべきやと思う訳です。
自分の表現力の乏しさゆえ、相手に理解されないんだと自覚して下さい。
こういう捉え方が他人(ひと)の所為(せい)にしない生き方です。
先週も言うたけど、自立しようと努力していない人が余りにも多いと思う次第です。
自立しようと努力している人は、いわゆる占いとかに関心を持ちませんし、
自分の人生を不安視するのでなく、危機感を持っているから、将来を予測し現在の準備を怠りません。
そして、あんまり他人(ひと)に相談もしない人が多いように感じます。
この意味深いけど、ように理解してよ。
不安のある人は、相談したらいかんのです。
自分の生きる道を確り持って行動している人は、相談してええのです。
こういう人は『どうしたらいいですか?』なんて言いませんよ。
『こうしようと思っていますが、どう思われますか。』という言い方をしていますよ。
自立=安易に頼らない。を例えて言うならば、商売しててお金が百万円足りないとしませんか。
あなたは、友達や知り合いに『お金貸して』って頼みに行きますか?
行かんでしょ。
自分で何とか工面しようとするでしょ。
ここで強く言いたいのは、『頼るべきは、確りした自分』ですよ。ということです。
だから、頼り甲斐がある自分に成る為に、学問が必要なんです。
人間学という学問が。
『経営は人間学』なんです。
ええですか!商売してる人だけが、経営とは言うてないで。
自分の人生の経営をしているのは『誰?』あなたでしょ。自分でしょ。
自分の人生経営の経営者は、紛れもなく『自分』やん。
ように読んでよ。
経営の説明するけん。
経営の『経』とは
『縦=秩序=人の道』なんです。
それを営む。つまり、人の道を実践しながら、経済活動をすることを『経営』とワシは捉えています。
こういうことを聞くと、何か窮屈やなぁと思う人に、窮屈なことじゃないんです。
人間生活として当たり前のことなんです。
こういうことが『ほんまやなぁ、共感するわぁ。』って自然と感じる感性であってほしいなぁ。
だから、昨日の自分より、今日の自分が確りするように。
今日の自分より、明日の自分が確りするように、毎日哲学を深めています。
だから人生の幸福感、充実感を味わっています。
誰しも、起こって来る出来事は、最初は『ピンチ』から来るもんです。
チャンスからは、まず来ませんよ。そこんとこ勘違いしないように!
もし、チャンスから来てるな、と感じたら、落とし穴があるでぇ、たぶん。
この毎日来る小さなピンチに思える事や、大きなピンチに思える事を、
どうやってチャンスに変えてゆくか、を考え、行動するところに、喜びが湧くんです。
人間は誰しも、以前の自分より少しでも『成長しているな』と感じることが、
嬉しいはずなんです。
じゃあ自分にとって『成長』とは何ぞや?を考えてみて、実践してほしいのです。
これがワシの願いなのよ。
幸せになりたいねぇって言うな!
幸せは、どこかにあるんじゃなく、自分の心が『感じる』ものやと思うのです。
ついつい口癖で軽はずみに言っているあなた!!
自分が少しでも『成長している』と感じている間だけ、幸福感を味わえるんだと思って下さいね。
確りせないかんで、自分!
一番頼りになるんは、人生観、死生観(どういう死に方をしたいかという考え、想い)を持って、
納得して行動している自分なんやから。
何が起こっても『よぉ~し、どうするべ。』と考えて工夫してゆく問題解決能力を自分に備えることなんです。
自分がまだまだ確りしてないと思うんなら、他人に聞くな、当てにするな。
無意識に振り回されるだけですよ。
相手は自分の生活の責任を取ってくれないんだから。
相談するなら、責任を取ってくれる人物に、せないかんのちゃぁうん?
責任を取ってくれようもない他人(ひと)の言に、
無意識に左右されてしまうものなんです人生観の確立の不充分な人は。
相手は悪気は全くないんです。
まず実践すべきは、自分自身の人生観の確立やと思うのです。
だから、先人の智恵を学び続けることが(自分が守らないといけない人達の為にも)必要不可欠なんですよ。
何百年も何千年も、生き方が現代にまで残っているという人物は、
神が後世の人達に、先人の智恵に自分達が幸福感溢れて、
あらゆる問題解決を自分が出来る人生を歩めるヒントがあるんだぞ。
ということを気付かせてくれる為に、残してくれているんです。
ワシには、そうとしか思えないんですよ。
皆さんどうですか?
何で、名前や生き方が残っとん?って考えたことありませんかねぇ。
そんなにボーッと生存してるの?
それは生きてるのとは、ちょいと違うと思うんだけど。
ただ、生存してるだけやで。
今からでええから、考えて。お願い。