現代の大企業トップの言に『企業は成長しないといけない』と口を揃えるように言うのを聞いていて、
ふと浮かんで来るのが、成長の定義が分からないし、何の為に成長したいのかが感じない。
つまり『その先』が述べられていない。
また、彼らの言う成長は、売上規模(何兆円にしたい)のことしか聞こえない。
その規模になるには、何万人の新たな雇用をしないといけない。
世界で勝負しないといけない。みたいな。
売上規模を何兆円にした後、どんな生き方をしたいのか?が分からない。
そこで働いている何万人、何十万人の人達の人生が、語られていないから、
違和感を感じて仕方ないんです。
昭和を代表した大企業経営者の言には、その答えがあったように感じる。
特にワシが一番好きな昭和を代表する経営者出光佐三出光興産社主のような、
人間愛に溢れた大企業経営者のことです。
現代の大企業のトップには、それが感じられない。
何でかなぁ?と思う訳です。
一言で言うと『情に裏打ちされた哲学』が有るか無いか。
社員の人生を慮る人間愛が有るか無いかだとしか思えない。
情から派生する全身全霊を懸けた言葉と行動が、
昭和を代表する大企業経営者には感じられたなぁ、と。
だから何とも言えない胸を打つ言葉が多いなぁ、と。
現代の大企業トップの言葉には、理屈は理解できるんだけど、胸を打たない。
心の奥に響かない。
感動と言う言葉はあるが、理動と言う言葉は無い。
人は、理屈は理解できても、心動くとは限らない。
人を育てるには『いつも一緒に居て、生き様を見せること』に尽きるんです。
これは、世の親も学校教師も、社長もです。
この概念、意識が無いから。やとしか思えない。
成長の概念に、人間性や人格と言ったものを感じないのは、
大企業トップのマインドに人間性向上や人格を磨く。というような意識が無いんと違うかとしか思えない。
数字を見て、凄いなぁと感じても人間的魅力を感じない。
やっぱり成長と言うのは、全人格的魅力や、人格や人徳が円熟している状態じゃないかと思う者です。
皆さんは、どう感じますか?
自分の人生の『クオリティオブライフ』を描かないと、
成長の先にある『人生の充実』に至らない気がするのはワシだけでしょうか。