この人は、自分の心中を解ってくれている。苦労を理解してくれている。
と、胸の奥の奥で感じた瞬間、どうなると思います?
『涙が込み上げて』来るんですよ。人の痛みが解る人なら。
また様々な体験を『深く捉える』ことを重ねて来ると、
何事も軽々しく言葉を発せられなくなって来るもんです。
ワシも、そうなって来ました、ほんまに。
この心境、理解出来ますかねぇ?
人は『身に詰まされる状態』でないと、理解出来ないもんです。
『身に詰まされない状態でないと、人は身に詰まされない』です。
あらゆる組織の『長』の立場の人のことを、
日本古来の言い方で言うと『中心人格』と言います。
日本以外の国では中心人格なんて概念はありませんから。
諸外国では『組織の長=権力者』という概念です。
組織の長=中心人格という概念は日本人だけです。
トップとか、リーダーとかの立場の人は人格を問われているんだと言う意味です。
中心人格には権力は無いんです。ここが諸外国とは全く異なるんです。
中心人格はただ、その全身全霊を懸けた言動によってのみ獲得される『人格的信頼性』によって、
部下からの仰慕つまり仰ぎ慕われることや、
部下自身が、自分もまた斯く在ろう(そのような人間になろう)と思わしめる、
その心を一つにまとめる者のことを言います。
中心人格の任務は、力による統一ではなく、
部下の情理の統合、人心の掌握なんです。
多くの会社で問題になっている事が、
そこで働く人達の心の統一が為されていない事ではないかと感じる訳です。
トップやリーダーは、コーチングであるとか心理学であるとか、
或いは技術的テクニックとかで、働いている人達の心を把握して、
会社の向かう方向へ誘導しようとしているトップやリーダーが多いなぁ、
と感じるんですが、間違いではないんですが、
何か、ちょい違和感があるのはワシだけでしょうか?
どんな組織でも、中心人格の全身全霊を懸けた言動で、
部下の心を掌握しないと本物には成って行かないということを自覚してほしいんです。
信頼関係が結べていない状態で、
心理学や、コーチングや、技術的テクニックを駆しても部下の仰慕心服は得られないんです。
正すべきは、組織の長の立場に在る人です。
中心人格の自覚が一番に心掛ける意識です。