『居心地が好い』というのが続いているのは成長していない。
と、言う人がおりますが、ちょい浅いんじゃないでしょうか?
たぶん『ぬるま湯』状態=『居心地の好さ』と捉えているんだろうと思う訳です。ワシはちょい違うんです。
居心地が好い状態を維持し続けるには、白鳥の如く水面下での努力をしているから、続けられているんやけどね。うち(エモーション)の実感ですが。
その人の水面下での努力を推察してからモノを言うてほしいもんです。
何かそういう人、浅いと言うか、軽々しい感じ、深みを感じないんです。
居心地が好い状態にはノンストレスな日々が重要やと思う訳です。
ノンストレス状態を得ようと思うと、自分の信念に裏打ちされた人生哲学、
つまり人生観や社会観、価値基準の確立が無いと、中々ノンストレスを維持することは難しいんです。
ものの考え方や捉え方で、物事の解決をする思考習慣が身に付いているからと言えます。
だから、縁深いであろう周囲の人達に対して自分の意見を理解納得してもらう行動が出来るんです。
そして共感してもらえていることを実感するから、心地好い状態に成れるんです。
『居心地好い』状態とは、自分が生涯を通して、何を手に入れたいのか。
どんな人生を歩みたいのか。何のために、何をするのか。
自分の考える幸福な状態とは、どういう状態なのか、という定義を明らかにして、自分自身が納得、共感の域に居ることが大前提なんやけど、ねぇ。
お金は、自分の考える充実した人生には必要です。
だから『手段』であって『目的』じゃない。
人生懸けての目的ではないんよねワシは。
億万長者でも、いつかは死にますから、お金持って行けないのは確実に決まっています。で、何が起こるか?
遺産相続が決まっていますから『相続』が『争続』になっているのが世間の日常です。
こんな結末が訪れるのに、何の為に『お金』を飽く無き欲望のように残そうとするんだろうね?
会社での居心地の好さを香川湧慈流に言うと五つの幸福の基準の『バランス』と『高さ』を白鳥の如く努力している状態を『居心地の好さ』としています。
体調コンディションと心のコンディションと経済(お金)のコンディションと、
家庭のコンディションと仕事のコンディション。
この五つの状態のバランスと高さです。且つ、社長は社員から人間として尊敬されていて、親しみの情を寄せられていないと、やっぱり『居心地の好さ』には究極、至らないと言うのが香川湧慈の価値基準です。
だいたいやねぇ、社長が、自分とこで働いている人から、人間としての尊敬の念や親しみの情を抱かれていないとしたら、、、、、あなたは、どう感じますか?
親が子を想い、子が親を想う。社長が社員を想い社員が、社長を想う。
この関係が日常に存在していて、お互いが精神性を高めている日常で、
心温かい人物に成っていないと、真の居心地の好さとは言えないんです。
経営者の心地好さは、この二つに集約されると言っても、言い得ているんじゃないでしょうか。
人間性を磨き続けること。的を射た戦略を磨き続けること。この同時の実践なんです。
なのに、良い会社の評価として売上や利益や人数規模の大きさを言う人達、
そして、事業の拡大や従業員数の拡大を以て『成長』と捉えている人達、
多いですが、ほんまにそう思ってるなら、人間として浅い。とワシは感じています。
世の中見渡してみて、お金には一生困らない状態なのに、
何か、しあわせそうに感じない人達、多い気がしませんか。
何かに『追われている』感、ありあり。
そして、飽く無き事業拡大欲だけが、幸福としか感じられない人達の多いこと。
また拡大した後、価値観が変わったとしても膨張した会社を維持する為に、
更なる拡大路線を走りざるを得ない社長達。
また社員から尊敬の念も、気軽にプライベートな相談も、親しみの情も寄せられていない金に不自由していない社長達。多いよぉ~。
ビジネスの成果or人生の幸福感でなく、ビジネスの成果&人生の幸福感だから、
居心地の好い環境が形成されるんです。
外見(売上規模や社員の数や、黒字を何十年も続けているとか)で、スグに判断している世間。
何故ワシが、そういう人達を『浅い人間』と感じてしまうか?
人間として深さのある人は、外見だけで判断しないし、水面下を洞察するから、心中察してあげる心の深さ広さが存在しているからです。
会社の黒字が続いていると自慢気にしている社長に、縁があれば言うてるんです。
黒字が良いんじゃなくて『黒字の中身』がどうか?と言うてます。
大体、そこで働いている人達のいわゆる安月給の上に、その黒字が成り立っている会社も多いですね。
働いている人達に文化的な生活が出来得る給料と、将来への安心感が湧く福利厚生を充実させていての黒字じゃないと本来じゃないんです。
また、高収入を与えていても、福利厚生が働いている人達の生活に身近な内容になっていない会社、多いです。
金だけ払っている高収益会社も多いですね。
そもそも格好悪いと感じんのかなぁ、自分とこで働いている人達を低賃金で、一人一人が納得ゆく福利厚生すら実施せずして、会社だけ金残して。
それを自慢気にしている社長は、ワシは惨めに見えます。
銀行は、そこを見ていない、眺めて感じてはいるが、黒字になっていることしか見ないから、ワシに言わせると『つまらん!』のですよ、銀行は。
そこの会社の水面下の状態を洞察して仕事に反映させる『定性』の評価は、
見せかけだけです銀行の実情は。どれだけ人間的に温かい社長と社員の関係であっても、どれだけ社員に人間的な文化的な処遇している会社であっても、
決算が黒字じゃないと評価しないのが銀行ですね。
金融庁も銀行に対して『定性(数字以外)』と『定量(決算書)』の、評価を50%と50%に。と発しても、銀行は、聞いたふりだけです。
そもそも、定性の評価の出来得る人材がほぼ居ないしね悪いけど。
公立学校も同じ。生徒の『定性』評価を出来得る先生が居ないと感じるのはワシだけでしょうか?
人格教育の出来る指導者が居ない所(会社や学校や家庭や政府)に、真の居心地の好い環境なんて作れるはずないと感じる訳です。
じゃあ、世の中を居心地好い環境にして行くには、自ずと理解できるでしょう!と言うとる訳です。
先に述べた五つのコンディションのバランスと、その高さを全社員に挑戦させるよう導いている社長のことを、経営者だとワシは定義しています。
その会社で働いている全員ですよ!五つの中に経済もちゃんと入ってますから、
当然、経済のコンディションが精神を安定させる重要な要素ではある訳やから。
数十人、数百人、数千人、数万人居る会社では『全員が』は、不可能やと思う訳です。
だから、大企業で働いている人達に、うつ病が多い事実。
心理カウンセラーを義務付けられる大企業。
サラリーマンで、年収1千万ある人達が退職している事実。
そういう会社、心地好い環境でしょうか?精神性が高まり、心が澄んでゆく環境が、どんな会社や、家庭や学校でも、幸福、充実している心地好い環境じゃないかと、自分の生き様を通して具現化しておるんです。
皆さんの『成功』『成長』『心地好い環境』の皆さんなりの定義付けを推進する者です。