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「香川湧慈の今週のインスピレーションメッセージ平成31年2月8日
想いが世界を変える-エモーション社長のブログ

「香川湧慈の今週のインスピレーションメッセージ平成31年2月8日

今週は、こんな事が浮かびました。これから生き抜けるか否かの分かれ目は、

あなたに『道』があるか、ないかである。どんな仕事どんな業務どんな生活をしていようが、

そのやっている事が、道に成っているか。道に繋がっているか。

を見つめ直してみることは、あなたの将来の為になると思います。

人間は自分の中の仏性(ぶっしょう)に気づくことが一番大事なような気がするんです。

仏性を分かりやすく言うと、あなたの心の中に存在する仏のような性質と捉えてみて下さい。

まぁ、真心、誠、良心であり本来の特性と考えると理解してもらえるでしょうか。

自分の仏性に気づくには、人間とは何ぞや?を、勉強することをしていないと、

中々自分の中にある仏性に気づくことはないかも知れないなぁと感じることがあります。

正に、禅ですね。

禅の目的は一言で現すと『以心伝心』ではないかと思う訳です。

つまり、心を以て心を伝える。

阿吽(あうん)の人間関係とでも言いましょうか。ちなみに、うち(㈱エモーション)の社是は

あ、社是とは『こんな会社でありたい。ということを一言で表した言葉』とワシは定義しているんですが、まぁそういうことと捉えて下さい。

『阿吽の人間関係』と定めているんです。

理由は阿吽の人間関係こそが、人間の幸福の原点に思えてならないからです。

社員皆が、相互に阿吽の人間関係が自然体で出来ている状態を目指しているんです。

これが、中々出来んもんです(笑)永遠のテーマかも知れません。

阿吽の人間関係が自然体で出来ている会社でありたいんです。だから、チャレンジしているんです。

こんな会社にしたい!とチャレンジするから充実が生まれて来るんだと思うのです。

人が、本来持っている自分の仏性に気づくことが禅であると思います。

でも自分の中の仏性に気づくだけではダメなんですよ。

自分の仏性に気づいたら次に、どのように、自分の中にその仏性を修めて行き、どのように現して行くのかを、

自分で決めて実践せないかんのです。これを禅定と言うんです。

だから常に意識していることが無意識の行動になっている状態が、禅定になるんです。

また禅というのは、本来は、入門する条件として、入門するまでにトコトン勉強している人しか、

禅に入門は出来ないと歴史は教えています。

人間の幸福とは何ぞや!を勉強して来た禅僧が、禅の修行をしている時、

何かがキッカケで、瞬時に自分の中の仏性に気づくんだと感じます。

そして、その自分の中の仏性を修めて行きながら、どう現して行くかの行動をして来たんだと感じます。

日本に於ける禅の始まりは臨済禅の覚心和尚こと法燈国師です。

この覚心和尚から直接禅を学んだのが、後醍醐天皇と楠木正成と足利尊氏の三人だけだと歴史は教えます。

この三人は、己れの中の仏性に気づき、日本を善くして行く為に、それを具現化して行った人物だと思います。

楠木正成と足利尊氏は後に戦う敵同士になる訳ですが、日本を善くして行くという『共通目的』がありました。

共通目的を果たす為に自分の中の仏性を現して、自分の果たすべき役割を全うした感があります。

だから600年も経った今日までも、その生き様が現代の学ぶ人達に示唆を与えているんですよ。

そういう観点で、今の政界をテレビや新聞やネットで見るからに、

与党も野党も共通目的があるとは、到底思えないと感じるのはワシだけでしょうか?

日本を善くして行くという共通目的を(政治に携わる人達は)持つということが大前提のはず、なのに。

政治に携わる人達が、自分の中の仏性に気づくことは、無い気がするなぁ。

理由は、人間とは何ぞや!人間の幸福とは何ぞや!の勉強をしているとは、感じないからです。

政治に携わる人達が、自分の中の仏性を具現化して行かない限り、世の中は善く成ってはいかんと感じます。

もっぺん言います。

本来、禅の入門は、入門前に、人間とは何ぞや!を勉強して来た人だけが入門出来るものだからです。

歴史から考えると、若い年齢で禅の修行を実践するから、自分の中の仏性に気づいても若くして悟るから、

その仏性を現して行く時間を得れたんだと思う訳です。

これが年齢を重ね過ぎて晩年に悟ったとしても、具現化してゆくのに、時間が余りにも足りなさ過ぎると思うのです。

我々が、自分の人生を幸福にして行ける唯一の道は、人間とは何ぞや!人間の幸福とは何ぞや!を早くから勉強して行くこと。

そして、自分の中の仏性に気づくことが出来れば、自分の仏性を現して行けば良いだけのことなんです。

これは誰にでも出来ることなんですよ。経営者もサラリーマンも主婦も、子供も学生も、です。

マザー・テレサの言葉にもありますね。

『あなたの中の最良のものを、世に与えなさい。けり返されるかもしれません。でも気にすることなく、最良のものを与え続けなさい。』と。

自分の中の仏性に気づき、実践している人は何が起こっても、ブレない生き方が出来ていると感じます。

だから、他人に振り回されない。『本来の自由』を、生きて行けます。

ただひたすらに、自分の中の仏性つまり、『自分の本来の特性』であり、良心であり、真心を現して行くだけで、ええのです。

何を他人の言動に心を振り回されているんですか!振り回されることなかれ。です。

あなたの真心を実践するだけのことなんですよ!ほんまに。

悟りを得た、禅坊主や人物は皆、己れの仏性を現して歩んで来たと思えてなりません。

我々も自分の中の仏性に気づくことは、或る意味、悟りを得たことに似ているんです。

でも『後悟の悟り』と言われるのは、悟った後の悟りが重要と言うことなんですよ。

つまり、有っても現(アラ)しめない限り、無いに等しいんです。

具体的に現して行くしか、持っていても持っていないのと同じなんですよ、皆さん。

こういうことを現代では、行動とか実践とかと言うてますが、闇雲に行動したって、いかんと思うんです。

自分の中の仏性を具体化する行動でないと、幸福とは言えないんだと、今週はメッセージします。

長々となりました。