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「香川湧慈のインスピレーションメッセージ平成28年10月7日
想いが世界を変える-エモーション社長のブログ

「香川湧慈のインスピレーションメッセージ平成28年10月7日

ニュースを見てても、県会議員の政務活動費の杜撰さや、豊洲市場の当時の関係者の言動、

責任感の無さ。

国会中継を見てても、「揚げ足取り」の発言ばかりが目立つ。

国家運営を担う国会議員なんだから、国民が誇りに思える、さすが!と思える言動をしてほしいもんやわ!ほんまに。

何年か前にワシの27年間休まず活動している中小企業家同友会
(中小企業家同友会は経営者と社員が充実した人生を歩む為の土台である会社を創って行く、

経営者同志の自己変革をして行く会なんやけどね)

の他支部の例会に、うちの女性社員二人連れて参加したことがありました。

他支部の例会だったので例会後の懇親会前の挨拶を頼まれました。

いつものように、ワシの持論をスピーチしました。その夜、社員からメールがありました。

こんなメッセージでした。

「今日の社長のスピーチ感動しました。エモーションの社員であることに誇りを感じました。

 私も他社の社員の人がエモーションの社員のように成りたい、と思われる社員に成ろうと思います。」っていうメールでした。

ワシは零細企業の経営者やでぇ、国家を運営する国会議員なんやから、国民が見て誇りに思える言動をしてくれっ!って叫んどりますよ、ワシは。

会社経営でも、国家経営でも、家庭の経営でも最も大事なことは、何か?

言うでぇ。

よぉ~に覚えといてね。

「何の為に経営するのか。如何なる方法で、維持発展させて行くのか、ということを、

自分自身はもちろんのこと、社員や得意先をも納得させられるだけの哲学を持つこと。」なんですよ。

結論から言うたら、これをトコトン追求して行くことだけでええのです。

これさえ確立出来れば、解決に向かうんですよ。充実に向かうんですよ。

もう他事(ほかごと)せんと「何の為に経営するのか。如何なる方法で、維持発展させて行くのか。」だけを、トコトン考え抜いてほしいわっ!

ほんまに。

揚げ足を考えずに、国民が充実するであろう理想に対して、大いに議論してほしいと願います。

揚げ足しか言えないのは、対案が無いんですよ。「批判するなら、対案を出せ。」なんですよ。

これが、ものの道理というもんです。

自分が、もし今批判している相手だったら?と考えもしていないだろうし、どういう案があるのか!を考えても、浮かばないんだろうねぇ。

国会議員自身が、県会議員自身が、市会議員自身が人生観、社会観、哲学を持ってないんやと感じますね。

ほんまは、公務に携わる人達の給料は、こうしたらええのに、と思います。それは、「給与国民所得連動制」に。

どういうことかと言うと各都道府県民の平均給与の5分の4にしたらええのに。と思うんよね。

つまり、自分達の給料を上げようとするには、所属している都道府県民の給料を上げる施策をやり、

実際に上がらない限り自分達の給料は上がらない。という仕組みです。

公務は倒産の可能性が極めて少ないんやから、5分の4くらいが丁度いい数値かと思うのです。

破綻した夕張市の市長や議員は立派ですよ。市長の月給20数万。議員の月給18万ですよ。

の市町村の市長や議員の方々、出来ますか?!

ほとんどの公務関係者は親方日の丸の安定した立場なんやから、腑抜けにならないことと、

やり甲斐を感じる為にも「都道府県民給与連動制」が、良いと思うんだけどねぇ。

有能な人達には賞与で報いてあげたらええのです。

それ実施したら、公務に携わる人達は真剣に国民県民の給料を上げる為の施策を考え、

実施して行くんちゃうかと思うんだけどね。(笑)

「人生は重荷を背負って歩むべし。」と徳川家康の家訓らしいけど、ワシの言う人生の重荷を背負うという意味は、いわゆる苦労のニュアンスではありません。

人生を有意義に歩む、皆を幸福にして行く為の、人生観、社会観、哲学、

そして、計画のことを「重荷を背負う」と言うのです。

それで初めて部下は付いて来るし、国民の支持が得れるんですよ。

家庭の親、会社の社長、地域の議員、国家運営を担う国会議員も、皆これの確立をしてほしいんです。

何の為に経営(家庭の経営、会社の経営、地域の経営、国家の経営)するのかを一言で表した言葉が「経営理念」と言いますが、

全ての解決策は理念の中に見出だすしかないんです。つまり、解決策は理念の中に存在するんですよ。

理想と手段が一致したもの。これが背骨に成るんです。ワシは、そのことを発信したいんです。

多くの人に、背骨を創ってほしいと願います。理想と手段が一致せな、意味が無いということを認識してほしいのです。