相手に対して文句言うことって誰しもあるでしょ。
文句あるから、何か感情に触ったからカチンと来たんでしょ。
その気持ち分からんでもないけど、こう捉えてみて。
文句言う前に、何故相手から注意されたか原因を冷静に分析してみてん。
相手は文句をあなたに言ってるんじゃなく、あなたの段取りに対して、良くなってもらいたいから、
注意をわざわざしてくれたんだと。
そう捉えられる人は、心が成長すると思うのです。
文句を言ったり、言われたりする関係は、お互い関心がある証拠やと思いませんか。
ほんまに関心すら無くなれば、文句も注意も言いたくなくなり、どっちでもええ存在になるんですよ。
人を責める前に、自分を省みる。
ここだけだと感じるんです。
「お前は人を責めるだけの資格があるのか!」
と天の声が聞こえて来ませんか?
ワシは昔、そういう天の声が聞こえて来たんですよ。
皆さん、そういうように捉えてみましょうよ。
そういうように、
一つ捉えれば、一つあなたの心が豊かになるんです。
つまり、そういうように捉える方が、あなたに得になり、徳が付くんです。
だから、文句言いたくなる寸前に、自分を省みましょうや。
ワシも、そうチャレンジしてます。
癖は中々治らないから、
ついつい発言が文句に捉えられちゃうんだけど、
地声が大きいし、テキパキ、ポンポンと、もの言うからね。
お互いが「捉え方」の訓練ですね。
そう捉えると、
全てが「有り難い」と誰しも感じますから。
様々な他人(ひと)から、
示唆を与えられるから、
本真(ほんま)有り難いですね。
そしてワシはほぼ毎日誰か彼かに手紙を書いてますが、その人に対して勇氣づけの内容を考えて書いてるんです。
封筒に入れる前に読み返すんですが、自分の文章に、書いた自分が勇氣づけられることも多いんです。
だからか、いつも勇氣が湧くんだと思うのです。
財産を失っても、心の痛手は少ない。
しかし健康を失ったら、
心の痛手は深い。
でも、勇氣を失ったら、
もう取り返しがつかない!
なんですよ。